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はじめに クリスマスツリーをオーストリア大使館より依頼されたのは記念すべき2000年目のクリスマスの年でした。この年はキリストの再来を意味するミレイニアムの年。クリスマスツリーの意味を今ふたたび考えてみる時期でもありました。 クリスマスツリーはキリスト教以前の古代ヨーロッパより続く樹木信仰に由来しています。395年のローマ帝国の分裂後フランク王国シャルルマーニュ大帝(在位768〜814)はマインツを拠点にドイツ各地に布教活動を行いキリスト教によるヨーロッパの統一をはかりました。最後までゲルマンの異教を守って抵抗したザクセン族にはゲルマン人が神の宿る木として崇めたオーク(樫)の木を切り倒して改宗を迫ったと伝えられています。こうして962年キリスト教を主軸とする「神聖ローマ帝国」が成立する事となりました。 「神聖ローマ帝国」はやがてオーストリア・ハプスブルク家に引き継がれました。ウイーンを首都にこの家系の樹木は大きく枝葉を広げやがて1000の顔を持つヨーロッパ大樹へと変貌していきます。しかしこの「神聖ローマ帝国」も1806年にはあっけなく滅亡してしまうのです。ヨーロッパはローマカトリックをも巻き込む大きな渦巻きの中にやがてのみ込まれていきました。 ところがこの頃からアルザス地方のモミの木を飾るクリスマスツリーの習慣が知られるようになったのです。ハプスブルクという大きな樹木から一般市民の家庭を飾るクリスマスツリーへと変わっていったのです。それはヨハン・シュトラウス2世のワルツのように急速な勢いでヨーロッパ中に広がっていきました。 1000年に古代宗教のオークの木を切り倒し次の1000年には神聖ローマ帝国の木が切り落とされました。そして今再びモミの木のクリスマスツリーが次の1000年を飾ろうとしています。自然を愛し求める共通の香りをモミの木は私達に目覚めさせてくれるのかもしれません。クリスマスツリーは「香りと自然を大切にしている」と言われています。木の実を中心に世界の香り(クローブ シナモン スターアニス)も添えたオーストリアのクリスマスツリーをデザインした時私達はその木の下に輝く星の光線と誕生シーンもあわせてアレンジしました。そこには未来に続くクリスマスであって欲しいという願いが込められています。 |
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